犬のインスリノーマは低血糖を引き起こす悪性膵内分泌腫瘍であり、診断時には約40~50%の症例で局所リンパ節または肝臓への転移が認められるとされる。 外科的に原発腫瘍および切除可能な転移病変を摘出することは、予後の改善および生存期間の延長に寄与することが報告されている。 一方、犬の膵臓手術における腹腔鏡アプローチは低侵襲性などの利点を有するものの、膵体部から左葉領域に発生した病変に対しては解剖学的制約からアプローチが困難であるとされている。 本報告では、犬の膵体部?左葉移行部に発生した腫瘤に対し、インドシアニングリーン(ICG)蛍光法を併用した腹腔鏡下膵臓部分切除術を実施したので、その概要を報告する。
ペキニーズ、8歳、未去勢雄、体重6.8kg 。
元気・食欲低下を主訴に来院し、血液検査にて肝酵素上昇を認めた。
また、精巣の腫大および壊死が確認されたため、陰嚢切除術を実施した。同時に全身評価を目的としてCT検査を施行したところ、膵臓体部から左葉移行部にかけて直径8.6 mmの結節性病変を偶発的に認めた。
初診時より血糖値は低値で推移していたため、低血糖時(血糖値40 mg/dl)における血中インスリン濃度を測定した。
その結果、高インスリン血症(48.88 μU/ml)を認め、修正グルコースインスリン比(AIGR)は488.8と高値を示した。
臨床的な低血糖症状は認められなかったが、以上の所見よりステージⅠのインスリノーマが疑われた。
第30病日に腹腔鏡下膵臓部分切除を実施。
症例を30°半左側臥位に保定した後、逆トレンデンブルグ体位に保定し、4 ポートで右側からアプローチした。
ICG(アグノグリーン注射用25mg、第一三共株式会社)0.5mg/kgを静脈内投与後、IMAGE1 STM Rubina(Karl Storz)を用いて腹腔内を観察したところ、
膵臓の結節病変は蛍光発色により容易に確認できたが、蛍光発色するリンパ節は認められなかった。膵体部の結節より右葉側をEndo GIATM (Medtronic)で切断、
結節を含む左葉をTHUNDERBEATTM (Olympus)と剪刀を使用して周囲の組織から剥離し切除した。
その後、肝生検を実施し常法通り閉創した。手術時間は191分、膵炎等の大きな合併症はなく、術後2日で退院した。
病理組織検査より、膵臓の結節は膵臓内分泌由来の悪性腫瘍であり、膵島細胞癌と診断された。肝臓組織には転移を疑う所見は認められなかった。
現在、術後200病日経過しているが低血糖の再発は認められていない。
膵島細胞癌は高率に転移を伴うことが知られており、切除範囲の決定は病変の局在や周囲の重要構造との位置関係に基づいて慎重に行う必要がある。
そのため、肉眼所見のみに基づいて切除ラインを決定することは必ずしも容易ではない。
本症例では、腹腔鏡下にICG蛍光法を併用することで、結節病変の明瞭な同定および切除ラインの決定を試みた。
著者の知る限り、犬の膵腫瘍に対して腹腔鏡下ICG蛍光法を用いて結節の検出および切除範囲の決定を行った報告はない。
さらに、適切な体位設定により、従来アプローチが困難とされる膵体部?左葉領域に対しても安全に到達可能であり、膵管損傷を回避しつつ低侵襲な切除が実施できた
。膵臓外科における腹腔鏡手術の適応には慎重な症例選択が求められるが、腹腔鏡特有の拡大視野および良好な視認性は、膵管の温存や腹腔深部に位置する膵左葉へのアプローチにおいて有利に働く可能性がある。
今後はさらなる症例の集積を通じて、適応条件および標準術式の確立が望まれる。
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