王子ペットクリニック:学会発表07
シクロスポリンで良好な経過が得られた犬の特発性炎症性腸疾患の 4 例
河津 充伸(王子ペットクリニック:東京都)
<はじめに>
特発性炎症性腸疾患(IBD)は、小腸または大腸の粘膜固有層における炎症細胞の浸潤に よって特徴づけられる原因不明の慢性腸障害である。特発性 IBD における粘膜生検の病理 組織像は、抗生剤反応性下痢症および食物アレルギーと類似するため、まず抗生剤の投与 や除去食による反応をみる必要がある。これらの治療に反応せずにステロイド療法が著効 する腸疾患を特発性 IBD と診断する。しかしながら、近年ステロイド療法が奏功しない難 治性 IBD が臨床的に問題となってきている。2006 年 Allenspach らが犬の難治性 IBD におけ るシクロスポリン A(CyA)の効果を報告しているが、全症例で有効性が認められてはいな い。そこで今回我々は、さらなる評価のためにステロイド療法が奏功しない犬の難治性 IBD において CyA の有効性を検討した。
<材料と方法>
2013 年 1 月から 7 月までの間に王子ペットクリニックに来院した犬において、内視鏡検 査を実施し特発性 IBD と診断した症例(n=4)を調査した。全症例で一般的な検査(便検査・ 血液検査・尿検査・腹部超音波検査・腹部レントゲン検査)によって慢性下痢を引き起こ す他の原因を除外した。また、抗生剤(メトロニダゾール 10mg/kg/BID/PO、エンロフロキ サシン 5mg/kg/SID/PO)および除去食(i/d・消化器サポート低脂肪)を投与したが、著効は認 められなかったため、胃十二指腸および直腸鏡検査における粘膜生検を実施した。特発性 IBDと診断し、全症例でプレドニゾロン(2mg/kg/sid/PO or SC)を最低3週間以上投与した後、 適宜漸減していった。プレドニゾロンの反応性が低下してきたため、CyA を 5mg/kg/SID/PO で開始した。2 症例で CyA 開始1ヶ月後に血中濃度を測定した。臨床症状、アルブミン(ALB) 値、CyA 血中濃度および病理組織学的所見などで CyA の有効性を評価した。
<症例>
症例はヨークシャーテリア、ビーグル、トイプードルおよびミニチュアダックスフント の合計4症例であり、年齢は 4-13 歳(8.7±4.6 歳)であった。臨床症状は、3 ヶ月以上の慢性 下痢(4)、体重減少(4)、嘔吐(3)、元気食欲低下(2)、下血(1)および腹水(1)が認 められた。 内視鏡検査における粘膜生検の病理組織学的検査では、リンパ球形質細胞性 腸炎(4)、リンパ管拡張症(2)および好中球性腸炎(1)が認められた。血液検査を実施 し、全症例で ALB の低値(1.3±0.4 g/dl :参考範囲 2.6-4.0 g/dl)が認められ、リンパ管拡張 症が存在する 2 例中 1 例では 0.9 g/dl と特に低値であった。プレドニゾロンを 2mg/kg/SID/PO or SC で治療を開始したところ、全症例で一時的に慢性下痢の改善、ALB の上昇(2.3±0.1 g/dl:参考範囲 2.6-4.0 g/dl)が認められた。しかしながら、慢性下痢の寛解が得られず、 またステロイド性肝障害が認められたことから、CyA を 5mg/kg/SID/PO で開始した。CyA 開始 4 週間後の血液検査でさらなる ALB の上昇(2.7±0.3g/dl)、慢性下痢の改善が認めら れた。2 例における CyA 開始 4 週間後の血中濃度は、150 ng/ml および 66 ng/ml であった。 CyA 血中濃度が 66 ng/ml の症例では重度のステロイド性肝障害が認められていたため、プ レドニゾロンを漸減し CyA を 7mg/kg/SID/PO に増量した。1 ヶ月後の CyA 血中濃度は 180ng/ml と上昇しており、ステロイド性肝障害は改善し、慢性下痢および ALB 値の悪化は 認められなかった。現在全症例でプレドニゾロンを 0.25-0.8mg/kg/SID/PO まで漸減できて いる。リンパ管拡張症が認められた 2 例では間欠的な軟便が認められてはいるが、臨床症 状および ALB 値(2.9±0.2g/dl)は 4 例とも良好に維持できている。
<考察とまとめ>
4 例中 1 例では下血を呈しており、病理組織学的検査にて好中球性腸炎を伴うリンパ球形 質細胞性腸炎と診断された。好中球性腸炎から重度の細菌感染が疑われたため、病態を悪 化させてしまう可能性があるステロイド療法を実施する前に、特発性 IBD 以外の疾病を正 確に除外した。本症例は除外診断の後、ステロイド療法の実施で下血が劇的に改善したた め特発性 IBD と診断ができた。好中球性腸炎が認められる場合には、1 次的もしくは 2 次的 な細菌感染を考慮する必要があり、ステロイド療法の選択は慎重に行わなくてはならない。 特発性 IBD は病理組織学的検査のみでは診断できず、一般的な検査によって除外診断を必 ず実施しなければならないことが再確認された。また今回の検討では、ステロイドおよび CyA の投与後 ALB の改善は認められたが、リンパ管拡張症を合併している 2 例のみで間欠 的な軟便が継続した。リンパ管拡張症を伴う特発性 IBD では、ステロイド療法および免疫 抑制剤の投与によって炎症病変は改善されるが、腸粘膜における吸収障害までは完全に改 善されない可能性が考えられた。 プレドニゾロン単独投与ではALBが2.3±0.1 g/dlであり一時的な慢性下痢の改善が認めら れたが、全症例で寛解は認められなかった。しかし、CyA 開始後にプレドニゾロンを漸減 したにも関わらず、ALB が 2.9±0.2g/dl とさらに上昇しリンパ管拡張症を伴わない症例では 慢性下痢の寛解が認められた。以上のことから、ステロイドの単独投与よりも、ステロイ ドおよび CyA を併用しステロイドの漸減を実施する方が臨床症状や血液検査所見の改善が 期待できることが考えられた。